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経済学の古典を要約し解説する「経済学の古典を読む」シリーズ記事の最初を飾るのは、デイヴィッド・ヒュームの「商業について」という小論である。
一般に「経済学の祖」とされるアダム・スミスとも親交の深かったヒュームは、スミスのいわば先輩格として、経済学の生誕に通ずる道を切り開く議論をいくつかの小論で展開した。その『政治論集』の冒頭を飾る最初の一本が、この「商業について」である。本シリーズの初回を務めるのに、これほど相応しい作品はないだろう。
訳文・ページ数に関しては岩波文庫『市民の国について(下)』を参照している。
1、議論の時代背景―近世・個人・商業
ヒュームがこの小論を書いた18世紀の中盤(1750年ごろ)の時代背景を捉えるために、まずは少し前の時代から振り返ってみよう。
1500年ごろ、西欧はルネサンス・大航海時代・宗教改革という三つの大きなうねりを経験し、いわゆる「近世」が始まった。
古典古代に倣うことで中世の「神」中心の世界観に対抗し、「人間」の中心性を回復しようとしたルネサンス。冒険的な個人が既存の共同体やルーティンを抜け出し、大海原へと漕ぎ出していった大航海時代。そして、神と人間を媒介してきた教会組織を排し、信仰を通じた神と個人との直接的な関係を追求した宗教改革。
これらを大局的に捉えれば、いずれも既存の伝統や慣習、集団や組織に対して、「個人とその自由」を対置する運動だった。
「近世」とは、まさに「個人」が時代の主役に躍り出た時代なのだ。近世の折り返し地点である17世紀中葉に、「我思う、故に我あり」と唱えて近代哲学の祖となったデカルトの思想は、この時代の潮流をこの上なく凝縮的に表現している。
デカルトからさらに百年ほどが経ったヒュームの時代(18世紀中盤)は、この「近世」が、産業革命とフランス革命という、経済と政治の所謂「二重革命」を経て、正真正銘の「近代」へと脱皮していく起点となる時期である。
今回の主題である「商業」に焦点を当てれば、大航海時代を経て盛んになった商業は、商品となる工業製品の生産を活性化させ、商業と工業は螺旋を描くように相互に発展する好循環に入っていた。ヒュームが生きたのは、この発展がのちの大規模な「産業革命」(機械化された工場での大量生産)へと変容していく、まさに前夜の時代であった。
しかし、この商業と工業の発展という現実に直面して、当時の言説空間には激しい対立が存在していた。
- 否定派(共和主義の系譜): 古典古代のローマ共和政を理想化し、国家公共のために自らを犠牲にするような「徳(ヴィルトゥ)」を称揚した。彼らは、私的利益や快楽を追い求める商業活動は人々の公共心を失わせ、徳を腐敗させ、結果的に国家を弱体化させると論じた。人々はもはや国家に奉仕せずに私的利益の追求に汲々とし、そのような人々は戦争などが起これば自分の身可愛さに逃げ出すというわけである。
- 肯定派(新しい市民社会の擁護者): 肯定派は、この批判を乗り越え、商業社会がもたらす豊かさや洗練を肯定しなければならなかった。この対立は、それまで社会の主役であった貴族と、新興勢力であるブルジョアジー(資本家階級)との階級闘争という側面も孕んでいた。
いずれにしても、この「商業社会を肯定する論理」こそが、のちの「経済学」の起源であり、それは最終的にスミスの「神の見えざる手」へと結実することになる。ヒュームはスミスの先達として、商業否定派に対抗し、商業が持つポジティブな意義の理論化を開始した。それこそが、この「商業について」の核心的な主題なのである。
2、「商業について」の読解―解説的要約
さて、本文の読解に入っていこう。
2-1、前置き―哲学者ヒュームの「経済学」の議論の特質について
本題に入る前にヒュームは自分の経済の論じ方について、いわば予防線を張っている。ヒュームは、これから展開する議論が「複雑で手が込みすぎている」という批判を先取りし、それに対して哲学者としての矜持を表明しているのだ。
ヒューム曰く、確かに特殊個別的な問題に対する複雑で精緻すぎる議論、長大すぎる推理の連鎖は誤りの兆候である。具体的な問題では、そのような長すぎる推理の連鎖を裏切る予期せぬ出来事が生じる可能性が高い。
しかし、一般的な問題についてはそのような事情はない。だから、そこではただ議論が精緻すぎるという理由でもって否定されてはならないのだ。
要するにヒュームは「商業・貨幣・利子・貿易収支」などの話題を一般的な問題として論じようとしており、その議論には一定の複雑さ・精緻さがあるが、それだけの理由でもって自らの議論を拒否してほしくないというのである。
そういうわけで「哲学者」ヒュームは、これから展開する自らの議論について、以下のように宣言する。
手が込みすぎているかのような印象をいかに与えようとも、一般的な問題にかかわる原理は、それが正しくて基礎のしっかりしたものでありさえすれば、たとえ個々のケースではあてはまらぬ場合があろうとも、事物の一般的な成り行きに対しては必ず常にそれを支配します。そして、そのような事物の一般的な成り行きに思いを凝らすということこそが哲学者たるもののなすべき主たる仕事です。ですが、さらにいえば、それはまた政論家ないし政治家たるものの自ら以て任ずべき主要な仕事でもあり、一国の内政にかんしてはことにそうです。(p.9)
いわばヒュームは哲学者として「経済」についての一般的な理論を構築しようとしたのだ。それは独立した学問としての「経済学」の成立以前の経済学、哲学の一部門としての経済学、哲学者による経済学だったわけである。
2-2、問:商業において、国民の幸福と国家の軍事的強大さを同時に実現できるのか?
ヒュームが扱う問いは、「商業において、国民の幸福と国家の軍事的強大さを同時に実現できるのか?」というものである。
なぜ、これが問題になるかといえば、先に述べた古代ローマの共和政を理想とする商業否定論があるからだ。対して、経済学の先駆者ヒュームの意図は、この問いにYesで答え、新しい商業社会を肯定することである。
2-2-1、ヒュームの「生産力発展」のストーリー
さて、この問題を原理的に考えるため、ヒュームは経済の生産力発展のストーリーを語るところから始める。
ヒューム曰く、狩猟と漁撈が中心の原始状態が終わると、人々は農業従事者と工業従事者に分かれる。最初はその大半が農業従事者だが、時間の経過と経験の蓄積によって農業技術が進歩して一人当たりの生産量が増えると、全員が農業に従事する必要がなくなり、必需品的な工業製品を作る工業従事者、さらには贅沢品(嗜好品・生活洗練のための品)を作る工業従事者が存在する余裕が出てくる。
2-2-2、スパルタ・ローマ体制とその困難さ―人間本性の利己性の承認
さて、ここからが本来の問いに関係する部分だが、これらの贅沢品は、確かに人々に楽しみを与え、人々の幸福を高める。しかし、これらの工業従事者を贅沢品作りではなく兵隊に充てれば、国家はより軍事的に強大になるのではないか? ここでは国民の幸福と国家の軍事的強大とが、一致するのではなく、トレードオフの関係になっているのではないか?
これは単なる思考実験ではない。というのも、古代ギリシアのスパルタや古代ローマが、実際にこれを行うことで軍事的に強大だったからである。彼らは農業の生産余剰を工業従事者を養うために使うのではなく、兵隊を養うために使うことで、強大な軍事国家たりえたのである。
これの議論に対してヒュームは、このような体制は人間本性に反しており、特殊な事情のもとにおいてのみ可能であると反論する。
ここでヒュームが想定する人間本性とは自己利益の追求である。
そもそも議論の前提は農業技術が発展して余剰生産力が生まれていることだった。そこで生まれる食糧の余裕を工業従事者を養うのに使うか、兵隊を養うのに使うかが問題だった。
もし、それを兵隊を養うのに使い、工業従事者がいないとしたら、農業従事者が余剰生産を行うインセンティブはどこにあるのだろうか?ヒュームは言う。
〔工業活動も機械的技芸も欠如しているので〕練度と生産活動とを高めていく誘因が彼ら[=農業従事者]には全くありません。というのは、そのような余剰生産物を彼らの快楽か虚飾かのどちらかに役立つような何らかの財貨と交換することが彼らには不可能であるからです。(p.17)
すなわち、農業の余剰生産があるから軍隊を養うことができるのだが、軍隊しか養わず、工業生産者を育てなければ、結局、農業の余剰生産力が失われてしまうというのである。というのは、そこでは農業従事者が頑張る理由(=工業製品が買えるということ)が存在しないからだ。
この結果は、国家の軍事力の弱体化である。なぜか?かつてあったものだとしても、失われた農業の余剰生産力はすぐに復活させられないからだ。
もしいつなんどき国家の危急から成員の多数を軍務に充用せねばならなくなっても、国民の労働はもはやそれらの成員を扶養できるだけの余剰生産物は提供しません。直接生産者たちはその練度と生産活動とを突然には高められません。未耕の土地を耕作地に仕立て上げるには数年を要します。(…)当の軍隊はといえば、だしぬけで無理な征服の戦争を試みざるを得ぬことになるか、それとも兵糧の欠乏で解散せざるを得ぬことになるかのいずれかです。(p.17)
2-2-3、商業はいかに国民の幸福と国家の軍事的強大さを同時に実現するか?
以上の逆を考えることで、商業が国民の幸福と国家の軍事的強大さを同時に実現する方法が明らかになる。
すなわち、余剰生産力を工業従事者を養うのに使い、商業によってそれを入手可能にしておくことで、農業従事者の生産のモチベーションを高めておけばどうなるだろうか?ヒュームは言う。
国家がそれらの工業生産者の多数を兵士に転じ、農業生産者の労働が生み出すそうした余剰をそれらの兵士の給養に充てることは容易です。(…)主権者が軍隊を徴募する場合、そのことにつづいて起こってくるのはなんでしょうか。彼は税を課します。この課税は人民のすべてに対し、自分の生存にとって必需度の最も低いものの切りつめを強います。となると、そのような財貨の生産に従事しているひとびとは必然的に、徴募に応じて軍隊にはいるか、それとも、農業に転じてゆくかしなければならなくなり(…)[ます]。問題を抽象的に考えるならば、工業生産者たちがその国の兵力を増大させるその限度は、彼らが蓄積している働き手の量に、しかも、誰からもその生活必需品を奪い取ることなく当の国家が要求できるような種類の働き手の量にまさに見合います。(p.18)
農業の余剰生産力を即座に軍隊の扶養に用いることは農業従事者の生産意欲を破壊し、結果として軍隊の扶養も不可能になる。他方、その余剰生産力を工業従事者の扶養に用いれば、工業製品を求めて農業従事者の生産意欲は維持され、いざというときには生活必需品ではない工業製品の生産者を兵士として活用できるというのである。
こういう仕方で商業の発展、それが生み出す農業と工業との相互的発展は、平時の各種工業製品の享受による国民の幸福と、工業生産者の労働力を活用した戦時の高い動員力による国家の軍事的強大さ、その双方を実現するというのがヒュームの結論なのである。
ヒュームは言う。
以上の次第で、主権者の軍事的強大と当の国民の幸福とは、商業活動と工業生産とにかんしては、極めて密接不可分な関係にあります。(p.19)
このようにしてヒュームは、商業活動の発展、それが促す私的な快楽追求が人々の公共心を失わせ、結果として国家の軍事的強大さを損なうのではないかという共和主義的議論に対して、一方で人間本性の利己性を認めることで、その共和主義的理想の非現実性を指摘し、その論点をいわば迂回する。
その上で、商業と工業の発展こそが余剰生産力、すなわち、軍事的動員余力を生み出すと論じて、軍事的なリソースの観点から、商業活動こそが国民の幸福を実現しつつ、国家の軍事的強大さをも支えるのだと主張したのである。
2-3、追加的論点:貿易と分配について
この結論を確認した後、ヒュームは二つの追加的な論点を提出している。
第一は、貿易肯定論である。以上を敷衍すると、貿易(対外商業)も同様に人々の幸福と国家の軍事的強大さをともに実現するものだということがわかるというのだ。
輸入は工業生産の資材を提供し、輸出は工業製品の市場を提供することで、工業生産を活性化し、軍事転用可能な「労働の蓄積量」を増大させるというのである。
また、そもそも工業製品の存在とそれをもたらす商業が農業従事者の労働意欲を目覚めさせたのと同様に、見慣れぬ商品をもたらす対外商業が、それを欲しがる国民の労働意欲を目覚めさせるという効果もある。
第二は、分配の重要性である。農業と工業の生産力の重要性を強調してきたヒュームだが、単に生産力があるだけではなく、それが多くの人々によって享受されていること、分配も重要であることを主張している。分配の公平が、国民の幸福と軍事力の強大、双方の条件となっているというのだ。引用しよう。
できることなら、構成員のひとりひとりがすべてその労働の成果を享受し、生活必需品についてはそのすべてにわたって不自由なく十分に所有し、また、生活便宜品にかんしてはその多くを所有するというふうであるべきです。富の配分におけるそのような平等が人間的自然に最も適っていること、そして、そうした平等によってもたらされる富者の幸福の減少分と貧者の幸福の増加分とを比べるならば、前者の方がはるかに僅少であること、このことを疑い得る人間はひとりもおりません。それにまた、そのような平等は当の国家の兵力をも増大させ、非常時におけるいかなる課税や負担にもより気前よく応じられるように国民をします。(…)社会の富が多数大衆の間に分散している場合、そうした負担はそれを引き受ける誰しもの肩に軽く感ぜられ、いかなる成員の暮し向きにもそれとはっきり分る大きな相違を生ぜしめることはありません。(p.24)
3、解釈と感想―生産力(供給能力)重視と税の役割について
さて、このヒュームの議論の注目点についても論じておきたい。
私のようにMMTの発想法に影響を受けている人間からすると、もちろん、時代的制約によりヒュームの貨幣観はMMTの貨幣観とは異なるが、「お金ではなく、実物資源や労働力(供給能力)こそが国力の本体である」と見なす点を中心に、ヒュームの論じ方は共感しうるところが多い。
具体的に言えば、実物的な生産能力(供給能力)への関心の集中と、税の役割についての議論である。
現代のお金が国家による作り物に過ぎないと正しく認識するMMTにとっては、政府にはお金の面での財政制約はなく、財政の制約は実物的な生産能力に求められる。利用可能な生産能力がないのに政府がお金を支出しすぎれば、モノとカネのバランスが崩れてインフレを引き起こしてしまうのだ。
このMMTの文脈では、税の役割の一つとして、人々の購買力を奪うことで、政府支出を受け容れる生産能力の余地を作り出すこと、すなわち、「財政的余地」の創出ということが論じられる。
上の引用群から明らかな通り、ヒュームもまさにこれと同じ方向で思考を展開している。
ヒュームが何よりも重視しているのが、兵士を養うための農業の余剰生産能力であり、兵士として転用可能な工業における「労働の蓄積量」であり、要するに平時における工業生産力であった。
そして、ヒュームは戦時の政策として、税によって民間の購買力を除去することで、工業製品の需要を低下させ、労働者の余剰を作り出して軍事的動員を可能にすることを論じていた。
これはまさに税によって、政府の活動にとって利用可能な生産能力の余剰を生み出すこと、「財政的余地」を作り出すことに他ならない。もう一度引用しておこう。
主権者が軍隊を徴募する場合、そのことにつづいて起こってくるのはなんでしょうか。彼は税を課します。この課税は人民のすべてに対し、自分の生存にとって必需度の最も低いものの切りつめを強います。となると、そのような財貨の生産に従事しているひとびとは必然的に、徴募に応じて軍隊にはいるか、それとも、農業に転じてゆくかしなければならなくなり(…)[ます]。(p.18)
また、この流れのなかで何度強調しても仕切れないのが、いまだに日本で見られる「大震災が起きたときの復興に必要な財政余力を確保するため、政府は緊縮財政を進めて、お金を貯めておかなければならない」という議論の誤りである。
お金など政府はいくらでも作れるのだから、それを貯めておく意味などない。大震災時に足りなくなるのはお金ではなく、実際に復興を担う(瓦礫の除去などを含めた広い意味での)建設能力等の生産能力に他ならない。
その観点でいえば、平時に政府がお金を節約することは、公共事業の削減を通じて建設能力の縮小を招き、結果として大震災時の復興を困難にする。むしろ、平時から適切な量の公共事業を通じて、インフラのメンテナンスを行っておくことが、各種設備の耐震性を高めて震災の被害を少なくするのみならず、建設能力の維持を通じて、震災からの復興をも早めるのである。
すなわち、震災に備えるのに必要なのは、平時の緊縮財政による供給能力の削減ではなく、平時の積極財政による供給能力の維持なのだ。
もう一度引用しよう。ヒュームの以下の言葉は、実質的にこれと同じこと、平時の供給能力の維持の重要性を語っていることは明らかだろう。
もしいつなんどき国家の危急から成員の多数を軍務に充用せねばならなくなっても、国民の労働はもはやそれらの成員を扶養できるだけの余剰生産物は提供しません。直接生産者たちはその練度と生産活動とを突然には高められません。未耕の土地を耕作地に仕立て上げるには数年を要します。(…)当の軍隊はといえば、だしぬけで無理な征服の戦争を試みざるを得ぬことになるか、それとも兵糧の欠乏で解散せざるを得ぬことになるかのいずれかです。(p.17)
このようにして「経済学」の起源への遡行は、現代の主流の経済学ないし経済言説の一面性を見抜き、経済について正しく思考する可能性を与えてくれるのである。
経済学の起源へと遡行することで、既存の経済学を徹底的に再検討すること、そうして、それに代わる「21世紀の政治経済学」を確立すること。
それが当研究所と本シリーズの目的であり、それは現状の世界を良くするために、必要不可欠な仕事なのである。


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